2012 見学会レポート(関東)
2012 見学会レポート(関東)
牧場就業を目指す若者のためのイベント、『「牧場で働こう」見学会 in 関東』が、昨年に引き続き、今年も2012年3月24日(土)に開催されました。
今年は、茨城県のビッグレッドファーム鉾田トレーニングセンターと千葉県のシンボリ牧場の2ヵ所を見学。途中までずっと雨が降り続くあいにくの天候となりましたが、その分、高校生を中心とした参加者たちはリアルな「馬の仕事」の現場を見ることができました。
普段は入ることのできない場所での、貴重な体験が詰まった一日。その模様をレポートします。
東京駅に集合してバスで出発 ~車内では自己紹介やDVD放映~
参加者たちは東京駅近くの駐車場に集合、朝からあいにくの雨が降る中、全員が揃ったところでバスで出発し、いよいよ見学会がスタートしました。
最初の目的地は、茨城県のビッグレッドファーム鉾田トレーニングセンター。途中の休憩を挟んで約2時間半を要します。車内では、スタッフの挨拶や見学に際しての注意事項の説明に続いて、参加者たちの自己紹介が行われました。
今回の参加者は、応募者多数により抽選で選ばれた16名に、同伴の保護者の方々を加えた計25名。16名の若者の内訳は、高校生が中心で11名、中学生が3名、大学生が2名という構成でした。
乗馬をしている方、農芸高校の畜産科学科に通う方、競馬好きが高じてという方、2年前に中国から日本へ来た大学生(留学生)の方など、牧場で働きたいと考えるようになった動機や環境は本当にさまざま。年齢も近いせいか、みんな他の参加者の言葉に興味津々で聞き入っていたのが印象的でした。
自己紹介タイムのあとは、BOKUJOBの紹介DVD等を放映。「馬の仕事」についての基本的な理解を深めつつ、このあとの牧場見学への気分を高めていきました。
ビッグレッドファーム鉾田TC ~坂路調教の迫力に圧倒~
ビッグレッドファーム鉾田トレーニングセンターに到着すると、雨はいっそう激しくなっていました。しかし牧場では馬を驚かせてしまうため、傘は使用できません。参加者たちも例外ではなく、持参したカッパやレインコートを着て見学しました。
案内をしてくださったのは、場長の鈴木晃一さん。
「今日はこんな天候になってしまいましたが、こんな日でも調教は休めません。牧場の仕事の厳しい部分を見ることができるというのは、ある意味では貴重かもしれません。どうぞよく見ていってください」という言葉に、参加者たちは真剣な顔で頷いていました。
調教施設の見学で参加者たちが圧倒されていたのが、坂路コースでした。この牧場の「売り」ともいえる坂路は、全長600m。現役競走馬たちの仕上げの、まさに最前線です。
見学した場所はコースのすぐ横の、ちょうど坂路が緩やかにカーブしていくあたり。激しい雨を突き、大きな蹄音を響かせながら泥を跳ね上げて駆け抜けていくその様子は、まさに迫力満点でした。
牧場内のさまざまな施設を見学 ~ウォーキングマシーン体験も~
坂路調教のあとは、牧場内を歩きながら、さまざまな施設を見学していきます。
調教前に鞍を付ける装鞍所では、大勢の見学者たちが珍しいのか、興味を惹かれた馬たちが一斉に頭を上げてこちらを眺め、参加者たちを笑顔にさせてくれました。
人の手を借りずに馬を自動的に運動させるウォーキングマシーンでは、見学者たちが実際に中に入って動かしてもらうという貴重な体験も。どんな場所で、どのくらいのスピードで馬が運動しているのかを肌で知ることができました。
厩舎では、スタッフが使用している馬具を実際に触らせてもらったり、馬房の中に入れさせてもらったりしました。馬に与える餌にもいろいろな種類があって、その違いを、目で見て、匂いを嗅いで実感することができました。
牧場では比較的珍しいとのことですが、ここではパートの従業員を雇って馬房清掃等の作業の一部を任せていて、その分担や効果といった細かいところまで丁寧に説明をしていただきました。
スタッフや馬とのふれあい ~重賞ウイナーに会えるサプライズも~
ここでは特別におとなしい馬を選んで出していただき、馬とふれあう時間を設けることができました。馬に触ったことがないという参加者にとっては、貴重な体験となったはずです。
そして、さらに嬉しい展開も。先日、2012年の弥生賞を勝ち、これからまさに春のクラシック戦線に挑もうというコスモオオゾラがちょうど牧場で調整中だったのですが、その写真を撮らせてもらえたのです。現役バリバリのトップホースをここまで近くでじっくり見られるチャンスはそうありません。競馬好きの参加者たちにとっては嬉しいサプライズとなりました。
見学の途中では、何人かの仕事中のスタッフに、その場で話を聞く時間も作っていただきました。完全初心者で小さな牧場に入り、そこからビッグレッドファームへ来たというベテランのスタッフ。美浦村出身で、父も祖父も馬の仕事をしていて、自分も高校から乗馬をしていたという若いスタッフ。マイネルキッツの担当で、同馬が天皇賞を勝ったときの嬉しさを語ってくれたスタッフ。短い時間でしたが、どれも参加者には興味深いお話でした。
そのあとは、室内で鈴木さんとの質疑応答。「ここで働きながらJRAの厩務員を目指すことは認められていますか」という質問には、「ウチはアリです。受かれば気持ちよく送り出していますし、給料の差もありません。でも他の牧場では受け容れていなかったり、待遇が異なるところもあるようです」という回答が。キレイ事ではない、ホンネの質問と答えが飛び交っていました。
最後は、鈴木さんご自身がこの世界に入られたきっかけや、一度は将来が不安になって転職したものの、やっぱり馬に触れる仕事がしたいと考えてまた戻ったといった話をしてくださいました。「考えたり、やめたりすることはあとでもできるのだから、若いうちは、やってみたいと思ったらまず飛び込んでみる方がいいと思います」という言葉には、参加者も保護者の方々も大きく頷いていました。
シンボリ牧場 ~「皇帝」ルドルフを鍛えた施設~
ビッグレッドファーム鉾田TCを後にしたバスは一路、千葉県のシンボリ牧場へ。約1時間半の道中、参加者たちは車内でお弁当を食べて、しばしのくつろぎタイム。シンボリ牧場に到着したのは14時頃で、いつの間にか雨は上がっていました。
シンボリ牧場を案内してくださったのは、牧場の事務スタッフである平野晴之さん。雨の後のぬかるみを四苦八苦しながら歩く参加者に「牧場というのはいいところばかりじゃなく、こういう面もあるんだということを見ていってください」と、奇しくもビッグレッドファームの鈴木さんと同じような言葉が。やりがいと同時に、厳しさもぜひ知ってほしいという共通した思いは参加者にも伝わったはずです。
シンボリ牧場の屋根付き坂路コースは、先代の故・和田共弘社長が導入したもので、「坂路の先駆け」とも呼ばれています。「錬馬道場」の看板が掲げられたここで、あのシンボリルドルフも鍛えられたというエピソードには、参加者たちも興奮の色を隠せず小さなどよめきが。生前のルドルフが入っていた馬房も見せていただきました。伝説の七冠馬の威光は、さすがに若いファンにもあまねく行き渡っていることを再確認させられました。
調教コースを一望 ~その広さに驚く参加者も~
シンボリ牧場のメイン走路ともいえるのが、1周1800mのダートコース。その内側は放牧地になっていて、この日も2頭の現役馬が放牧されていました。参加者たちは順番に全体を一望できる調教台に乗って、将来の「仕事場」に思いを馳せます。
ある参加者は「想像していたよりもぜんぜん広かった」とびっくりした様子。ある保護者の方も「こんなに立派な施設だとは思わなかった。もっと素朴なものだと思っていました」と感心しきり。また別の参加者は「気持ちのいいイメージしかなかったけど、雨が降ったりするとこんなになるんですね」と、やはり驚いたような表情で眺めていました。
参加者たちがコースを見学していると、ちょうどそこに馬場整備のトラクターがやって来ました。「雨で馬場がぐちゃぐちゃになったので、翌日の調教のためにきれいにしておかないといけないのです。こうした車の運転もスタッフの仕事なんですよ」という平野さんの説明に、参加者たちは食い入るように馬場が均されていく様子を見ていました。
リアルな仕事の「現場」 ~馬具から馬運車まで~
厩舎の見学では、寝ワラ(シンボリ牧場ではおがくずを使うことが多い)を替える作業に、新人とベテランではどのくらいの差があるのかや、馬運車、扇風機一つに至るまで、細かな部分について説明していただきました。参加者たちは、馬に乗る以外にもやることはたくさんあるという、リアルな仕事の「現場」を肌で感じることができたはずです。馬具の説明では、実際に側にいた馬に頭絡をサッと装着するところを見せていただいたりもしました。
室内に場を移しての質疑応答は、もうこれでこの日の見学会のプログラムは最後ということもあって、予定時間をオーバーするほどの盛り上がりを見せました。
「シンボリクリスエスのような活躍馬が出るとボーナスが出るんですか」という質問には、「シンボリ牧場の場合、牧場の業績はレースの成績だけでなく、セリで馬を売ったり、他の馬主さんの馬を預かったり等で決まるので、特定の馬でどうこうということはあまりない。もちろんそれらのトータルの業績が良ければ、普通の会社と同じでボーナスが上がったりすることはある」という説明がなされました。
「ここで働いている人は具体的にどんなルートで採用されたんでしょうか」という質問も出ました。平野さんの答えは「ウチはハローワークにも求人を出していて、それ経由もあります。またいちばん新しい人はJBBAの研修から入ってきました。僕自身はBTCの研修からです。どのルートがメインということはなくて、多岐に亘っていますね」というものでした。
その他、従業員はどういうところに住んでいるのか、朝は何時に起きるのかといった生活に関することまで、参加者は聞きたいことを和やかな雰囲気の中で自由に質問していました。
そして最後に、平野さんの「みなさんがこれをきっかけに馬の世界の入ってみようと思って、将来、競馬場やセリ場で合ったときに、あのときの見学者ですと声をかけてくれたら、すごく嬉しいです」という言葉で、この日の見学会は終了となりました。
それぞれに成果のあった見学会 ~次の一歩を踏み出すために~
シンボリ牧場を出たバスは、すっかり暗くなった東京駅に着き、見学会は解散となりました。
ある参加者は、「牛や豚がいる牧場とは違って、アスリートである競走馬を育成する牧場では、ただ動物を〝育てる〟だけではないことを知ることができた」と満足して帰られました。
また別の参加者の保護者の方は、「高校2年生の息子が牧場で働きたいと言うのだけれど、近くに同じように考えている人がおらず心配していた。来てみたら他にもいることがわかってとても安心した」という感想を残してくださいました。
ここで聞いて、すぐに牧場で働くのではなく、JBBAやBTCの研修に行こうと思った、という方も少なからずいたようです。
そして何より、みなさんに共通していた感想が、現場の人の生の声や、楽しそうに働いている姿を見ることができてとてもよかった、というものでした。
参加者のみなさんが、それぞれの立場から、それぞれの成果を得ることができた見学会。この見学会が、一人でも多くの方が次の一歩を踏み出すきっかけになってくれることを願って、レポートを終わりたいと思います。