2024/02/13
JRA日高育成牧場です。
2022/12/12
12月に入り最低気温が氷点下となる日が日常になり、さらに降雪の日も散見され、いよいよ厳冬期へのカウントダウンを感じる浦河です。
写真1.夜に降った雪が薄っすらと残る放牧地でくつろぐ当歳馬の群れ
さて、今回は競走馬とは少し距離を置いたテーマとなりますが、日高育成牧場で取り組んでいる「乗用馬生産を目的とした受精卵移植」について触れてみたいと思います。
ご存じのように、サラブレッド競走馬においては、国際血統書委員会(ISBC)によって人工授精、受精卵(胚)移植等の人工的な手段による生産が禁止されています。この理由として、「伝統的に自然妊娠によって生産していること」、「遺伝子的悪影響の可能性があること」、「産業界全体、特に国際取引に与える商業的影響が大きいこと」、さらには「血統の多様性が失われることで、競馬の魅力に悪影響を及ぼすこと」などが挙げられています。
一方、乗用馬の世界では、人工授精や受精卵(胚)移植を含むあらゆる人工的な手段による生産が認められており、さらに、ポロ競技馬ではすでにクローン技術も臨床応用されています。このように、サラブレッド競走馬以外では生殖補助医療(ART :Assisted Reproductive Technology)が世界各地で盛んに実施されています。
図1.受精卵(胚)移植による乗用馬生産の概要図
この理由として、乗用馬の競技成績はサラブレッド競走馬の競走成績と比較すると、血統による影響が大きくなく、どちらかというと後天的なトレーニングによる影響が大きいこと、また、オリンピックなどの最高峰の競技会に出場する競技馬は15~20歳齢まで競技および騎乗者の育成に活用される場合が多く、そこから繁殖生活を始めても高い受胎性は望めず、産駒数も限られることなどが挙げられます。優秀な競技馬に受精卵移植技術を応用することによって、競技生活を継続しながら産駒を得ることができるため非常に有用であり、既に欧米では優秀な現役競技馬に対して実施されています。
ここからは「受精卵移植」の方法について説明します。最初に「ドナー」と呼ばれる産駒を得たい繁殖牝馬(受精卵提供馬)に対して、自然交配や人工授精を実施します。排卵日から7~8日後に子宮内の受精卵(胚)を回収し、「レシピエント」と呼ばれる代理母(出産および育児を担当する牝馬)に移植して出産を迎えるという流れになります(図1)。
なお、「受精卵移植」を成功させるためには、「受精卵」を回収することはもちろん、「ドナー」と「レシピエント」の発情周期を一致させる必要があります。つまり、「レシピエント」に対しても「ドナー」の授精のタイミングに合わせて、ほぼ同時に排卵させておかなければなりません。なお、「受精卵移植」を複数回実施すれば、1年間に優秀な「ドナー」から複数頭(3~4頭)の産駒を生産することが可能になります。
今回、受精卵移植の「ドナー」として選ばれたのは、2019年4月にアイルランドで開催された総合馬術競技「CCI4*-S Ballindenisk」に優勝した16歳のオランダ温血種(KWPN)の「ユートピア号(写真2)」です。
写真2.総合馬術競技「CCI4*-S Ballindenisk」に優勝したユートピア号と戸本選手
同馬は東京2020オリンピック競技大会の馬術競技(総合馬術)でヴィンシーJRAに騎乗して4位に入賞した戸本選手のリザーブ馬でもありましたが、現在は怪我のためハイクラスの競技会からは引退しています。現役時代から競技馬として非常に高い能力を有しているうえに、血統背景も優れていることから、誰もが産駒を生産したいという思いを抱いていました。さらに、怪我の状態が落ち着けば、今後も国内レベルなら競技馬として活用できる可能性があること、16歳と比較的高齢であり、通常の自然繁殖で生産を行った場合には非常に少ない頭数の産駒しか得られないことなどを踏まえ、受精卵移植の「ドナー」とすることとなりました。
次回は受精から受精卵回収までについて触れたいと思います。