2024/02/13
JRA日高育成牧場です。
2017/06/12
育成馬が退厩しました
6月の北海道は、遅い春の花があちこちで綺麗に咲き、運動会、遠足などのイベントが各地で行われています。また、道外からも多くの観光客がいらっしゃっているようで、やっと過ごしやすい季節がやって来ました。しかしながら、最近は異常気象となることも多く、蝦夷梅雨という言葉もあるように、気温が上がらず冷たい雨が続くこともあります。今年の6月初旬は雨が多かったようですが、後半はどうなるでしょう。原稿を書いているこの日は気持ちのいい青空が広がっています。
さて、前回お伝えしましたが、去る5月23日に札幌競馬場で、北海道トレーニングセールが実施されました。日高育成牧場の育成馬も全て売却され、先月末に全馬がそれぞれの牧場、調教施設に旅立って行きました。これで、2015年産の育成業務は一区切りを迎えることとなりましたが、場内には2017年産の当歳と2016年産1歳のホームブレッドたちがいます。また、早ければ7月に来る2016年産の1歳馬が順次入厩予定ですので、これらの管理に加えて、場内の整備、育成業務の準備を実施しているところです。なんといっても下旬には函館競馬も始まりますね!新馬戦が待ち遠しいです。いろいろな思いが交錯する6月といったところでしょうか。
昼夜放牧が始まりました
最後の子馬が5月19日に無事生まれて、今年予定の6頭が揃いました。早く生まれたグループは昼夜放牧やクリープフィーディングがすでに始まっています。また、種付け業務も順調に進んでいる様子で、現在はお腹の中での発育状況を注意深く観察している状況です。研究スタッフは、6月の研究報告の業務も終えて、一区切りついた様子。現場では、親子馬たちを観察しながら、採血、母馬の体調管理、子馬の肢勢、放牧中のデータ収集など、様々な研究業務に取り組んでいます。表題の昼夜放牧は、様々な牧場が、いろいろな形で行っているものですが、日高育成牧場でも、夏の昼夜放牧、冬の昼夜放牧をそれぞれ行って、あらゆる角度から科学的な分析をしています。どんなメリット、デメリットがあるのか、誰もが興味を持つ分野ですから、今後どのような調査結果が出て、どんな報告ができるか楽しみです。
お母さん、ここにいるよ
今回のテーマは「お母さん、ここにいるよ」です。仲睦まじく放牧地で過ごすお母さんと子馬の関係について話していこうと思います。もう6年も経ってしまいましたが、東日本大震災が起こった当時、「絆(きずな)」という言葉が流行しましたよね。苦しい環境の中で助け合う親子、仲間たちの心温まる人と人とのつながりに関することが話題となりました。童謡に「おうま」という歌があります。その歌詞を思い浮かべて、感じる方も多いと想像しますが、母馬と子馬もとても強い絆で結ばれていると思います。今回のお話が実際に親子馬の管理をしている人、これから携わろうとしている人たちの心に残ればと思うのですが、どうなることやら・・・良かったらお付き合いください。
絆
皆さんは旅が好きですか?私は大学3年の時に、2週間くらいかけて、列車に乗って北海道を旅したことがあります。今で言う「テツオ」くんですね。列車の旅では、景色を楽しんだり、駅のホームで佇んだりして楽しいことがあれば、思いどおりに列車を乗り継げなくて落ち込んだり、思わぬアクシデントに遭って戸惑うこともありました。唐突な出だしで、例え話にしては少し無理がありましたが、母馬のお腹の中でも、同じような「旅」が行われていることを皆さんはご存知でしょうか・・・。
旅をしている主役は、受精してお母さんの子宮の中に飛び込んで間もない卵です。馬の妊娠期間は約11ヶ月と言われていて、比較的長いと言われている牛や人よりもさらにお腹の中にいる期間が長いです。受精卵は分裂を繰り返して、次第に馬の形になっていくのはもちろんのことですが、まずは子宮の中のどの場所で育っていくか・・・居場所を決めなければなりませんよね。その場所を決めて定着することを「着床(ちゃくしょう)」と言いますが、実はすぐには子宮の中で定着できず、不安定な状態が続きます。馬の場合、受精卵となって子宮の中に入ってから着床するまでどれくらいの日数がかかるのか・・・。3日くらい・・・1週間・・・もっと長く・・・?実は40日もかかると言われています!人は1週間くらいなので、本当に長いことがわかります。では、その40日をどのように過ごしているのか?コロコロ重力に任せて転がっているように安易に想像してしまいますが、馬の場合、卵は硬い殻を身につけて、一定の速度で規則正しい軌道で子宮の中を回っているそうです。そしてそのスピードですが、2時間で子宮の中を1周するペースで動いているようです。それを40日続けている!なんとも過酷なマラソンのように思えてしまします・・・。この移動することの意味合いについては、はっきりとは解明されていないようですが、一説ではお母さんと子供の間で、妊娠を維持するために必要な情報伝達をしているのではと言われています。40日も旅をするとなると、様々なアクシデントもあるはずです。妊娠鑑定は2週間程度経てば可能であり、獣医師の行う直腸検査や超音波検査などでわかりますが、その時点で妊娠を確認しても、ちょうど受精から30~35日目くらいに突然卵が消えてしまうこともあります。もともと卵が弱かったり、子宮の状態が悪かったり、栄養状態や環境などいろいろな要因が重なって消えてしまうと言われています。しかし多くは、厳しい旅を乗り越えて無事に着床し、卵は残りの9ヶ月半をかけて成長し、立派な子馬となって生まれてきます。ドラマチックだなあ・・・そう思うのは私だけでしょうか。「そういう試練に耐えて生まれてきたのか・・・」と思うと愛着も増すのではないでしょうか。
以前、ある獣医さんで、この着床に関する研究発表を聞く機会があったのですが、その先生の発表の中での言葉が強く印象に残っています。
「40日もかけて着床するまで子宮の中で彷徨い続ける卵が
お母さん、僕はここにいるよ
とまるでお母さんに言っているように私には思えました。」
新鮮な目で親子馬を見つめてみよう
放牧地で、片時も離れることなく、必死になってお母さんについていく子馬の姿を眺めながら、その親子の強い「絆」というのは、子馬がまだ卵の時から始まっていたんだなあ、としみじみ思います。皆さんも親子馬と触れ合うときには、是非この言葉を思い出してもらいたいです。例えば自分に辛い時があった時に、そんな親子馬の深い絆を思い浮かべながら、「よし、くよくよしないで私も頑張ってみよう!」と乗り越えて欲しいと思います。親子馬は眺めているだけでも、お母さんのさりげない気配りと、子馬の甘えた姿から、いろいろなことを発見できるし、いろいろなことを想像できると思います。明日からどうか新鮮な目で親子馬を見つめてくださいね。
私なりの勝手な思いと解釈ばかりですが・・・どうぞお許しを。
今回もお付き合いありがとうございました!