2024/02/13
JRA日高育成牧場です。
2019/10/03
セプテンバーセール
皆さんお住まいの地域は台風大丈夫でしたか?千葉の皆さんは停電が長引いて大変でした(今でも完全に復旧していないところがあるようです・・・)。予想以上の風で、思わぬ被害にあった場所も・・・。北海道は台風とは無縁だったはずですが、最近では異常気象で台風は大型になり、進路も多様となって襲ってくるようになりました。線状降水帯なんていう単語も日常的になり、50年に1度のこれまで経験したことがない大雨、川の氾濫・・・なんてニュースが流れることも珍しくなくなりました・・・。直前に危機が迫らないとなかなかできないものですが、防災に関する様々な知識を持って、できるだけの備えが必要な時代だと思います。
さて、市場ですが、今年初の試みであるセプテンバーセールが先月開催され盛況のうちに終了ました。昨年との比較はできませんが、周囲での評価を聞いたところでは、高い売却率で好成績だったと言えるようです。JRAも予定の頭数を購買しました。これで今年の1歳市場はオータムセールを残すのみとなりましたが、私はこちらも視察する予定です。
そして育成馬ですが、サマー以前の入厩組は、順調に馴致が進んでいます。早いものでは、9月中旬からドライビング、ペン騎乗に入っているものもいます。この原稿がアップされる頃には、800m馬場での騎乗も始まっている馬もいるかも・・・。また、セプテンバー入厩組も早々に馴致を開始し、サマー以前の入厩組に追いつくべく頑張っています。各育成担当者は、馬の状況に合わせながら、あせらずに進めている感じですかね・・・。
当歳も離乳から約1ヶ月が過ぎたところですがすくすくと育っています。毎年、雪が降り始めるまでの間は、場内でも比較的草の質のいい放牧地で様子を見るようにしています。はじめは、離乳に放牧地の移動が重なって、ストレスを感じている様子の馬もいましたが、すぐに落ち着き、体重が300kgを越える馬も出てきました。とにかく、若馬の成長で大事なことはバランスですので、馬体をよく観察しながらしっかり管理していきたいと思っています。
大丈夫なほうから
「あしはら!跛行の馬を見に行くぞ!」
駆け出しの頃・・・いろいろな先輩に連れられて診療に行ったものでした。
ある日のこと・・・右前肢の球節の部分に異常を認めるとのことで診療していたときの話です。骨折なのか、腱靭帯の炎症なのか、ただ腫れているだけなのか・・・微妙な症状を示す症例で、とりあえずは、
「触診してみよう」
と、いうことになり、診察が始まりました。触診は獣医師によって、やり方が違うものですが、その先輩は比較的ゆっくり丁寧に行うタイプの人でした。必要な聞き取りを行い、歩様の確認をしたあと、先輩はおもむろに左前肢から触りだし、押したり曲げたり叩いたり・・・
「ん?疑っているのは右なのでは?」
と、思いながら診療の様子を見守っていました。左前肢の球節、管部、腕節などの触診をじっくり行い、ようやく右前肢の触診に移りました。そして球節を曲げて、馬が痛いそぶりを示したところで、レントゲンを撮って骨折を確認して、一連の診療が終わりました。私は帰りの往診車の中で聞いてみました。
「どうして、右と疑っているのに左を念入りに調べたんですか?」
すると先輩は、
「人でも馬でも、いきなり痛い所を触られたら嫌だろう?馬は何処が痛いのか言ってくれないから、時に触られて嫌がっているのか、痛くて嫌がっているのかわかりにくくなる馬もいる。だから、俺は大丈夫なほうから触って馬の反応を見ることにしている。」と・・・。
もちろん、獣医師によって診療方針に違いがありますし、跛行のケースにもよっても違いが出てくると思うのですが、自分も多くの経験を重ねていって、あとから「なるほど、時には、反対の肢から診ることも大事なんだな」と思うようになりました。跛行診断は本当に難しくて、壁にぶつかることが多いのですが、そんなときこそ「振り出しに戻り、大丈夫なほうから触ってみて原因を探っていこう。」と考えるようになり、診療の幅が出るようになりました。若い頃の経験は貴重なものばかり・・・。今でも駆け出しの頃の記憶の一つとして鮮明に残っています。
「皮膚病が多くて嫌な季節だね。」
特に足元がじめじめとした環境にさらされやすい季節は、球節から下の部分の皮膚病に悩まされる馬が増えます。
「あしはら!この馬の皮膚病どう思う?」
そう先輩に言われて診たときのこと・・・両後の球節以下に皮膚病があり、特に左に比べて右後肢の皮膚病が酷くて、触ると激しく痛がる感じでした。
「でも両方を比べると、見た目はあまり変わらないように見えるよな・・・強いて言えば、黄色く膿んでいるところがあり、痛さも違うような・・」
そんな感じで悩んでいると
「先生、前にもらった薬の効きが悪いから、違うの作ってくれる?」
とは厩務員。詳しく聞いたところ、前に処方した薬では、痛いほうの肢にはあまり効いてないということらしい・・・。でも痛みの強さ以外では、左右で大きな違いはないよなあ、どう処方しようかと思っていたところに先輩が
「痛みの強い肢と、比較的大丈夫そうな前肢も含めて見比べて何か違いを感じないか?」
しばらく、4本の肢を眺めながら、ヒントをもらいつつやっと気がつきました。
「白斑があるかないかの違いか!」
その馬は、右後肢だけ球節以下に白斑のある馬だったのです。
一般に、馬の特徴の一つである肢の「白斑」は、まったく珍しいものではありませんが、白斑のある肢に皮膚病が起こると、たちの悪い細菌や真菌に侵されることが多いというのは事前に教えてもらっていたことであり、大事なことでした。したがって、その原因となる菌に合った抗生物質などを皮膚病の薬に正確に混ぜないと治りにくいものだったのです。うっかりというか、間が抜けているというか・・・患部だけでなく、大丈夫なほうの特徴とよく見比べて対応するべきでした。
少し、わかりにくい例だったかもしれませんが、わからなくて行き詰ったときは、あえて、大丈夫なほうの馬から、大丈夫そうな他の部分をじっくり見る、見比べることも大切だといいたかったのです。これは馬に乗るときでも似たようなケースがあるのではと想像します。馬にも個性があり、乗った感触は千差万別でいろいろ違うと思います。乗りやすい、乗りにくい、癖がある癖がないなど、ベテランの人が感じる微妙な違いも、駆け出しの人にはわからない、そして壁にぶつかる・・・そんなことがあると思います。見て聞くだけではなかなか身につかないでしょう。
大丈夫なほうを見て、見比べて勉強するべし
人によって、技術の習得に時間がかかる人、かからない人・・・いろいろで、時に身につかなくてあせることもあるでしょうね。でも見方を変えれば、それもあなたの個性ですよ!しょんぼりしないでください。そういう時は、基本に戻り、なんでもない馬を眺めて、人のアドバイスももらって、自分なりのペースで壁を打ち破れるように頑張ってみればいいのです。知らないことがあることに気づいてよかったとポジティブにとらえればいいのです。扉はいつか開きます!
今回もお付き合いありがとうございました。