2024/02/01
優駿のふるさとは未来へ 第4弾
2020/10/29
ご挨拶 みなさん、こんにちは!
私は、以前日高育成牧場からのブログを担当していました。現在の勤務地はJRA美浦(みほ)トレーニング・センター競走馬診療所です。
こちらのブログは、競走馬が大好きな方、将来何らかの形で馬の生産や育成の仕事をしたいと思っている方が読んでいらっしゃいますので、皆さんは、馬の扱い方や繁殖の話などについて、様々な角度から情報をもらいたいということで、このブログを利用していると思います。そんな中にはトレセンのことを知りたい人たちが沢山いるとか・・・。そこで、今回はあまり紹介されることがない競走馬診療所にスポットを当てたいとのことで、BOKUJOB事務局からの依頼があり、執筆することとなりました。
さて、美浦トレーニング・センター競走馬診療所ですが、なんとも長ったらしい名前なので、大幅に略して「馬診(うましん)」と呼んでいただいて結構です。同じような施設が滋賀県の栗東にもありますので「美浦馬診」でお願いします。(ちなみに私たちヒトが行く病院を「人診(ひとしん)」なんて呼んだりしています。)
美浦トレーニング・センターの全景 2000頭前後の競走馬が在厩
私が現在勤務している「馬診」は、JRA美浦トレセン内にあり、滞在中の現役競走馬のための診療所です。仮にあなたが牧場に勤めているとしましょう。まずはそこで競走馬を生産し育成しますね。そして様々な段階を踏み、待ち受けるアクシデントなどを乗り越えながら、当歳から1歳、2歳となります。その途中ではセールなどを経て売却されることもあるでしょう。そして2歳春のデビューに備えて馴致され、育成調教など準備を重ねた後、トレセンに入厩します。それぞれの馬は、それまで携わってきたすべての人の思いを背負い、デビューするべく更に調教を進めていくのですが、中には何らかのアクシデントに見舞われ、思うように調教が進まない馬がいます。そんな競馬最前線で奮闘するトレセンの馬の手助けをするのが馬診です。様々な理由で訪れた競走馬たちを、馬診スタッフは優しく迎い入れ、例えば病気の原因を探って治療したり、回復後のアドバイスをしたりしています。
馬診の存在は知っていたけど、具体的にどんなんことが行われているのか、想像するだけではピンとこない人も多いでしょうか。そんな皆さんの気持ちを察しながら書いてみようと思うのですが、いったいどんなことが伝えられるのか、そもそも皆さんの役に立てるのか不安は大きいです。とりあえずは頑張って書いてみますので、どうか余裕のある時にでも気軽に読んでいただき、今以上にトレセンの馬診を身近に感じていただくとともに、生産地での皆さんの糧にしていただければ嬉しいです。どうぞよろしくお願いします。
馬診の仕事とは
馬診って何をするところ?と聞かれれば、まあ、とにかくいろんなことをやっています、と安易に答えてしまいますが、様々な分類の仕方がある中で、例えば以下のように仕事を大きく3つに分けて説明することができます。
1つめは診療と装蹄。
美浦の馬診には現在28名の獣医師、9名の装蹄師、13名の事務・サポートスタッフ他がおり、トレセンや競馬場などで診療や装蹄に関する業務を行っています。
2つめは禁止薬物対策。
薬物ドーピングという言葉をニュースなどで聞くことがあると思いますが、競馬でも使ってはいけない薬物というのがあって、故意にあるいは誤って使われることのないようにするための様々な業務があります。
3つめが感染症の侵入防止対策。
今、新型コロナウイルスという感染症に私たちは苦しめられていますね。感染症は馬の世界でも大きな問題になります。馬インフルエンザ、破傷風、日本脳炎、馬鼻肺炎など、生産地の繁殖や競馬開催に影響を及ぼす感染症があります。その対策業務はとても重要で様々な形で取り組んでいます。
馬診が皆さんと関わっていく中で
これら3つの仕事について、順を追って話をしてもいいのですが、単なる紹介で堅苦しくなるのも嫌ですよね。せっかく、競馬の将来を支える皆さんにお話しするのですから、ここでは「馬を取扱う皆さんと私たち獣医師・装蹄師が様々な形で関わっていく中で、将来を考えていくとき、これから何が大切になってきそうか・・・。」そんな視点から、これら3つの仕事にからめてお話するのはどうでしょうか。仕事の説明と冒頭に言っておきながら、唐突な展開にしてしまうのが私の悪い癖ですが、馬をこれから支えていく皆さんへのお願いごとという形で少し書かせていただきたいと思います。
まずは診療と装蹄から
馬を取り扱う側は、馬を生産する、育成する、調教する・・・などなど、競馬で走らせることに全精力をつぎ込みます。そして愛馬が何らかの病気やケガをしたり、蹄に問題を起こしたりするときには、獣医師や装蹄師に相談して治療やアドバイスを受けます。一方、獣医師や装蹄師は、病気やケガの馬を診て、治療したり装蹄療法を行ったりして、わからないことにぶつかれば、勉強して知識を積み重ね、それらを診療装蹄の現場で実践していきます。ごく当たり前のことを書いていますが、皆さんはこの中で何を大切にして、馬のケアをしていくべきだと思いますか?私が大事にしてほしいと思うこと・・・それは お互いの気持ちが通じ合う環境づくりを意識して仕事をしてほしいということです。病気になった時だけ世話になればいいという馬取扱者、一方、病気の時だけ診てあげればいいという獣医師、装蹄師。それぞれが自分のことだけを考えて・・・の関係ではいい馬はつくれないと私は思います。お互い忙しい現場で働いていますから、なんとなく余裕もないし、じっくり構えて互いの意見を述べ合う暇がない。その気持ちはわかりますが、目の前の問題を解決する方法を、双方協力しながら模索し、見つかればそれを実践していく・・・。多少忙しくても、そんな時間を大切する関係になってほしいと思うのです。口で言うのは簡単で、できそうでなかなかできないことでもあるんですけどね。大きな組織同士なら、経済的にも余裕があり、やろうと思えば協力しながら調査や実験などできるでしょう。でも小規模単位の団体が数多く分かれている場合は難しいと思うのです。なので、今若い皆さんは過去の慣習に黙って従うのではなく、必要な時、困ったときは互いに協力して知恵を出し合い、連携した診療と装蹄の在り方を見つけていってほしいんです。理想論だよね、なんて一蹴されそうだけど、そう言わず少しずつでもいいから実践してほしいです。テーマは何でもいいと思います。競走馬なら骨折、疝痛、蹄疾患、育成馬なら馴致調教の方法に絡んだ疾患、子馬なら肢軸矯正に関すること、繁殖牝馬なら流産や感染症のことなど、日ごろ私たちを悩ませていることは多いはず。繰り返しになりますが、一人で悩まず、みんなで考えて、みんなで協力して取り組む雰囲気づくりをしてほしいです。
診療の現場から~立位(左)吸入麻酔下(右)での手術風景 年間500頭前後の競走馬に対して実施
次に薬物に関する問題
海外の競馬に参加することが当たり前となった昨今。ドーピングの問題は国際基準に合ったものが求められるようになってきました。近い将来、今以上に多くの薬物が競馬での使用禁止薬物として指定されていく流れになっています。私たち獣医師・装蹄師も馬を取り扱う皆さんも、基本に立ち返り、治療に限らず飼料や飼料添加物など馬の口に入るものの管理をしっかりやらないといけませんね。また人の出入りや設備などのセキュリティ管理も重要になってくるでしょう。ここも獣医師、装蹄師と馬取り扱い者が連携して問題を解決していくしかありません。日常の馬取り扱いをする中で、私がこの薬物管理を意識しながら皆さんに目指してほしい思うこと・・・
それは みんなに愛されるクリーンな競馬です。
少し漠然とした表現になりましたが、つまり私たちが率先して社会のルールや、マナーをしっかり守り、周囲の皆さんに安心して楽しんでもらうために競馬で決められたルールをしっかり守り、その中で私たちは競馬というスポーツを提供しています、と自信をもってアピールすることが大切だということです。そうすることで、きっと自身の生活や身だしなみもきちんとするようなりますよね。信用第一の競馬ですから、一人一人がしっかりとした社会生活を送ることで競馬が成り立っていくのだと思います。
競馬の現場から~レース直後に薬物検査用の尿を採取しているところです
そして感染症の問題
馬の感染症というと、馬インフルエンザが真っ先に思い浮かぶ人も多いかも。例えば生産地では流産に関する感染症が問題になるし、子馬や若馬では下痢を起こす感染症が問題になったりします。現在、人では新型コロナウイルス感染症が問題になっていますが、それと同じように馬にも新しい感染症が起こるかもしれないし、海外から日本では流行したことのない致死率の高い感染症が侵入する可能性もあります。これらの感染症・・・怖がってばかりいては、国際競走に出走することが当たり前の今、対応することはできません。馬取扱者と獣医師、装蹄師がそれぞれの立場で必要な勉強をしながら根気よく対応していくしかないでしょう。
私からの最後のお願い・・・それは常に強い気持ちを持つことです。
感染症に立ち向かうことに限ったことではないですが、人間、苦しいことにぶつかることも少なくありません。泣きたくなることもあるし、心が折れそうになることもあるはず・・・。特に馬を取り扱っている人は、馬のことを知れば知るほど困難にぶつかることも多いはず。私は最近の若い人に好んで言っていることがあります。それは「大抵のことは何とかなる」です。人にはそれぞれ個性があります。それを人は、できる人できない人とか、器用な人不器用な人などと比較してしまうけど、決して悲観的にならず、それも個性と受け取って努力を惜しまず、とにかく自信を持ってぶつかっていってほしいです。とにかくこの感染症対策というのは根気が重要になりますからね・・・。強い気持ちを持っていかないとね。感染症の専門は獣医師なので、彼らの知識や技術を上手く利用しながら、みんなで連携して取り組むことで解決方法が導けるものだと思います。
人と同様に馬にとっても大切な予防接種
少し説教染みた話になりました。いいのかな?こんな感じで・・・。とにかく皆さんには、互いに手を取り合って、考え、行動することが重要であり、そんな中でいい競馬ができるんだということをわかってほしくて、伝えたくて書きました。みんなで協力しながら明るい将来を目指していきましょう。
今私たちは試されている
簡単なことしか書けませんでしたが、また機会があれば、テーマを絞って、皆さんに興味を持ってもらえるようなこと(診療や装蹄、手術など・・・)を紹介ができればと思っています。
今、思いもよらない感染症が人の世界で流行して、先が見通せない中、皆さん不安の中で過ごしているのではないかと想像します。このような状況下で、競馬にかかわる私たちは、どんなふうに馬と寄り添いながら過ごしていくべきなのか・・・今私たちは試されているんでしょうかね。これからも競馬や乗馬などを通じて、様々な病気を防ぎながら、時に病気と戦いながら、馬とともに楽しんでいけるようにみんなで協力していければいいですよね。
以上は筆者個人の意見として受け取ってください。最後まで読んでくれてありがとうございました。また機会があればよろしくお願いします。今はいろいろな制限があって難しいですが、気軽に見学ができる状況になったら、トレセンにも足を運んでみてくださいね。お待ちしております。